フォト

カテゴリー

無料ブログはココログ

ホームページリンク

« 2012年10月15日 (月) | トップページ | 2012年10月24日 (水) »

2012年10月20日 (土)

2012年10月20日 (土)

長く快適に住まうために

10月1日、東京駅は、約5年間の復元工事を終え67年前の大正時代の姿で全面開業となり
TVや雑誌などでも大きく取り上げられましたね。
その数日前、催された東京駅プロジェクションマッピングご覧になりましたでしょうか?

   



大正時代創建当時の姿によみがえった東京駅が、
現代の技術と融合して鮮やかに美しく映し出されておりました。

この東京駅は、日本銀行他も設計した
日本で最初に建築家を名乗ったともいわれる辰野金吾の設計によるものですが、
明治時代後半に工事着工し、大正3年に完成しました。

Domu23

   
当時の大きな建物の多くは、組石造、レンガ造でしたので
後の関東大震災で、そのほとんどが倒壊してしまいます。
東京駅も同様にレンガの組石造でしたが、鉄骨構造にしていたために耐えられたようです
(文献によって、鉄筋レンガ造になっていますが、復元した鹿島建設のサイトを見てもわかるとおり実際は、鉄骨造)
大正初期には、鉄骨造の他鉄筋コンクリート造も建てられ初めておりましたが、
その殆どが半壊、倒壊したそうですから、
横幅330mもある東京駅が大地震で倒壊せずに持ちこたえたのは
3階建てという低層であったのもありますが
構造(構造設計:耐震構造の基礎を築いた佐野利器)が優れていたからなのでしょう。



Photo_4


   
当時、地震に強い建物の構造は、どうあるべきか?
その手法について論争になっていた時期でした。   
そんな折、関東大震災がおき、東京、横浜などの都市部では、
ほとんどの建物が倒壊または焼失してしまいます。
その中、ほとんど被害の無い建物がありました。
それが、日本興業銀行(設計:渡辺節 鉄骨造7階建)と建設中の歌舞伎座でした。

Photo_2


この構造を手がけたのが内藤多仲博士で、
「耐震構造の父」と呼ばれ、
日本で最初に耐震構造の建物を建てた人物であり
地震の多い日本の耐震構造理論を躍進させた設計者です。
   
東京タワー、通天閣など、数多くの塔の構造を手がけたのも内藤多仲であり、
建築の中でも構造が主役となる鉄塔を数多く設計した『塔博士』でもありました。

地震国日本においては、意匠性だけ、格好だけの建物では耐えられないと
明治のころから先人達は、耐震構造を研究していたのです。
もし東京駅が、様式美にだけこだわった建物であったならば、
今、その姿を見ることができなかったでしょう。

その後、1924 年(大正13年)に法改正が行われ日本で初めての耐震基準が規定され
同法は、後の建築基準法の元 となりました。

Pa0831_6 
                               (アグレシオ トゥエゾーロ国立)




この日本において、安心快適に心地良く長期間住める家とは、
『地震に強い家』が、大前提になるでしょう。

アグレシオの建物は、全棟構造計算をかけて耐震、耐風の建物にしております。

また、2階建ては全棟、耐震等級2以上です。

ただ、地震に強い家をいくら設計しても、現場がそのとおりに施工されていなければ

机上の計算だけの家になってしまいます。

もっとも重要なのは、現場で図面とおりに施工されていることです。

そのため前回の記事にもありましたが、現場管理を徹底し

設計だけでなく現場も、また、そこで働く職人達も一体となって

最良な家を建てることを心がけ

安心快適な家をより多く供給していくことが私たちの役目だと考えております。



※ 性能表示基準の耐震等級

  耐震等級 1 数百年に一度発生する地震力に対して倒壊、崩壊しない程度

  耐震等級 2 数百年に一度発生する地震力の1.25倍の力に対して倒壊、崩壊しない程度

  耐震等級 3 数百年に一度発生する地震力の1.5倍の力に対して倒壊、崩壊しない程度 

2_2
夜のライトアップされた東京駅は、より趣きが出て綺麗です。
プロジェクションマッピングを使った光の祭典「東京ミチテラス2012」が、
12月21~28日まで東京駅を含めた丸の内地区で行われるようです。
今回、見逃してしまった方は、東京駅へ足を運んでみてください。

また、東京ステーションホテルに宿泊して

豪華で優雅な雰囲気を堪能するのも良いかもしれません。

(でもいつも予約がいっぱい(;_;))

Largeimg0201_3

2_2
Photo_3

« 2012年10月15日 (月) | トップページ | 2012年10月24日 (水) »